★コメントタイプ:Q&A形式

★アーティスト:artist-0315

★対象:diary_03283,diary_03284

台風12号襲来!「奇跡のテアトロン公演」


──テアトロン(さぬき市野外音楽広場テアトロン)は、通算して何回目になるのでしょうか?


宮垣睦男:
ツアーで金比羅山に上ったのが今回で5回目になるんだから…7回目になるのかな。

──台風12号が直撃したテアトロン公演について伺いたいのですが…。


宮垣:
台風が発生したっていう予報を見たのは、7月21、22日ぐらいになるのかな?でも発生した場所が小笠原諸島とか父島とかあの辺のずっと南の方だったから全く関係ないと思っていたんですよね。まさかあの台風がこちらに向かって来るなんて何じられなかった。ところが急に南西の方向に直角に曲がる進路予想が出てきて、そんなことがあるのかって?!そう言えば、その進路予想図で大将(小田さん)の「Oh! Yeah!」のジャケットが随分あちこちで取り上げられてたね~(笑)。それで、日ごとになんだか嫌な雲行きだなあって思い始めて…。それでもどこか他人事で、それでもテアトロンは大丈夫なんじゃないの?みたいな感じでいたんです。

──野外公演でもっとも恐れるものは、雨、風、雷とかあるじゃないですか…。


宮垣:
当然、最も避けたいのは台風ですよ!雨、風、雷、全部ですからね。僕がこの仕事を始めて40数年経つんですが、四国の台風では、毎年1~2回くらい、アーティストが乗った飛行機が飛べずに欠航になりましたとか、引き返しました、とかいうのはあるんですが、今回は野外の会場でしたからね。

──テアトロンは、小田さんのファンにとって、ある種、“聖地”と呼ばれるようになっている、いわば全国区。交通手段も多岐に絡んできますものね。


宮垣:
そうですね。チケットの申し込みからしても、四国外の人が相当多かったんじゃないかと思いますね。もちろんDUKEは地元の四国の人の申し込みが多いわけで…。バランス的には半半ぐらいか、6:4くらいで四国外の人が多かったかもしれませんね。なのでお客さんの足に影響するな、と覚悟していたんですけどね。

──多岐にわたる交通手段。あちこちから高松に到着しても、そこからテアトロンに行くまでにもまだいろいろありますからね。公演を実施する、しない、の交通手段についてのポイントとかあったんでしょうか?


宮垣:
興行の主催者というのは、公共の交通機関が動くか、止まるか、ということの一点に絞られてくるので、お客さんの四国へのアクセス方法が、飛行機なのか、JRなのか、バスなのかを考えると、まず早目に判断されるのが飛行機になるんです。だから今回のことで言えば、空路での高松空港へのアクセスが可能かどうかを調べたわけです。それで前日の金曜日の段階では、欠航が出てこない様子だったんですよ。前日のご当地紀行の撮影でも高松市内とか栗林公園とか行っても、すごくいい天気で。台風が近づいてると思いつつも、なんだかテアトロンのところだけ避けてくれるんじゃないかみたいな(笑)。

──でも、結果は真上に来ましたけどね(笑)。この台風の前にもテアトロンに行く周回道路で崖崩れがありましたよね?


宮垣:
そうなんですよ。周回道路の一部が大雨で陥没したんです。そこを管理をしているさぬき市から「通行止めにさせてください」と言われて…。だから台風を前に、7,000人近いお客さんを会場までどう選ぶかと言う心配事があったわけです。それは入場するだけでなく、終演後も7,000人近いお客さんが一斉に帰る方法を会社のみんなで検討してたんです。やっぱり安全を考慮する運行側の方針に異議は唱えられないですからね。

──当然ですね。


宮垣:
それで、お客さんにバスから降りていただいて、会場までの長い階段をずっと下りてきてもらう。それはいつも通りなんですが、今までは開演時間が近くなってくるとバスを入場ゲートまで直接横付けしてもらってたんですよ。開演直前の15分~20分ぐらいに飛び込んでくるお客さんは、冷房の効いたバスで、チケットを切るところまで付けてくれるってことができて、そんな野外コンサートはないよねって感じられていた方もたくさんいらっしゃったと思うんです。でも今回は、それができないので、上の広場から徒歩で入場ゲートを目指してくださいと言う方針にならざるを得なく、帰りも来た道をまた戻ってもらうことになりました。

──バスから降りた方々は、会場まで徒歩どのくらいで?


宮垣:
真っ直ぐ歩いて来るだけなら15分ぐらいですが、ただ、前が渋滞してますからね。

──台風前にも別の問題を抱えていたわけですね。それでもテアトロンの公演前夜に、今年もステージ裏でバーベキュー大会をやって頂きました。


宮垣:
ツアーも丁度真ん中くらいだったし、中打ち上げみたいなことをしようと考えてたんだけど、さすがに天気の方が気になり始めて…。"チーム小田”のスタッフから、「二日日の公演を無事に実施するためには、初日公演の終了後に一旦機材を全て撤去したい」との申し入れがあったんですよ。「機材をそのままにして、万が一何かトラブルが起こったら二日目の公演ができなくなってしまう。楽しみにしているお客さんのためにもそれだけは避けておきたい」ということだったんです。一度組み立てた機材を初日の公演終了後にすべて撤去して、翌朝もう一度元の状態に組み直すことは本当に大変なんだけれど、そういうこともあって前日にやらせてもらったんです。

──初日の公演が終わった頃の様子を伺えますか?


宮垣:
いや、その時点でもまだとてもいい天気だったんで、現金なものでなんか自分たちのパワーで逸れて行くんじゃないの?って思ったりしてたんですよ。それで、コンサートが終わったのが20時過ぎくらいで、全てのバラしが終わったのは24時前くらいでしたね。小田チームのスタッフには大変な作業をしてもらいました。…テアトロンのコンサートが終わった後、来ていたお客さんから会社にお手紙をいただいたんです。「初日を観に行きました。その後、台風がくるというのに、2日目が無事開催されると聞いて本当に嬉しくて飛び上がりました。もしかしたら機材も一日全部片付けられたのでしょうか。それでも初日と何一つ変わっていないステージ風景を見てとっても感動しました」っていうお手紙を頂いたんです。僕はステージだけでなく、そういう視点で見てくれていたお客さんがいらっしゃった、ってことに感動しちゃいました。
 結局朝までずっと嵐だったわけで。翌日の午前10~11時くらいまで雨風が強くて、その間、ステージをこの状態にしておくはずはないって気づかれたんじゃないですか?吊ってあった機材が揺れたら危険だし。だから、きっと下ろしたんだろうなって。それでも何事もなかったかのように現状に復させているところを見て、本当に素晴らしいと思いました、と。主催者冥利に尽きてグッときちゃいましたね。

──翌日の10時にコンサートを決行するかどうかの判断をすることになりましたけれど、ホテルに戻って眠れました?


宮垣:
初日の昼間から「明日のコンサートは実施できるんですか?」っていう問い合わせが会社に殺到してるわけですよ。「さすがに明日はできないですよね?」って。あの台風の進路予想図を見たら、まずできるわけはないと。それでやったら、お客さんをお客さんとして扱ってないんじゃないかぐらいの感じだったと思うんですが……。まあ、もちろん自然には勝てないけれど、それでもこちらは最善を尽くしてみるわけで。一応、対外的な表現としては、「可否は、明日の午前10時のDUKEのホームページで発表させて頂きますので、ご覧ください」という──。もう一軒一軒電話で対応できる状態じゃなかったのでその一文をアップして対応させてもらったんです。僕は、夜24時過ぎに眠りに入ったと思うんですけど、朝5時くらいにホテルの窓ガラスを叩く音がするんですよ。バシッパシッパシッって。「あ~、雨の音だ」って(笑)。そして恐る恐るカーテンを開けたら、もうガラス中、雨粒がへばりついてて。「ああ、さすがにこれはダメだな」って思ったんです。テレビをつけたら、画面にL字型に天気、台風情報ってなってて…。ただ”四国に直撃”とは書いてなかったんです。お客さんは四国に直撃するのにコンサートなんてやっている場合か!って間違いなくそういう風に思ったと思うんですけど、そうでなく、中国地方から四国地方という表現だった(笑)。

──でも真上ですからね(笑)。宮垣さんも粘りましたね。


宮垣:
そうですね、ほぼ真上でしたね(笑)。でも、5時?6時?くらいの天気予報は、三重県あたりに上陸して、紀伊半島を横断、大阪から兵庫に中心が予想されます。みたいな表現だったんです。要するに瀬戸内海は通過してないんですよ。

──でも、何度も言いますが、ほとんど真上じゃないですか(笑)。


宮垣:
いや、姫路なんですよ。瀬戸内海を挟んでいますからね。

──でも数キロくらいのことでしょ?もしかしたら数百メートルなのかもしれないし(笑)。


宮垣:
そうなんだけど(笑)。大雨は岡山を通って、広島・山口方面に行こうとしてる予報だから。それに僕の感覚でいえば、進行方向に向かって左側、内側に巻き込んだ瀬戸内海・四国地区はあんまり影響がないんじゃないかと思って。それなら、まだ可能性がある。もちろん99パーセント難しい状況かもしれないけど、1パーセントくらいはやれるかもしれないな、みたいな。

──それが何時頃ですか?


宮垣:
7時くらいかな?皆んなに集合をかけたのが9時過ぎだったでしょ?でもさっきまで「ゴー!」って言いながら降っていた雨が、ちょっと止んだりとか、もちろん時々強く降ったりするんですが…これはもう少し時間が経てば、その強弱の間が長くなるんじゃないの?って思い込んでいったんですよね。ホテルの部屋からJR高松駅が見えるんです。当然始発から電車は止まってるわけですよ。JRは全く動く気配がないと。JRが止まっているってことは岡山からの電車は来れない。本州と行き来ができないってことです。東京、大阪、関西、九州や中国、広島辺りから新幹線を使って来ようとしてた人は相当いるはずなんですけど、JRが止まっちゃうと、最初に話しましたが公共交通機関が動いてないところで実施するという判断をしたら、社会的な制裁を受けないといけないな、って自問自答をしてたんです(笑)。ところが、いろいろな情報を手繰っていくと、高速道路は全部繋がったんです。つまり瀬戸大橋は、下は線路ですけど上は道路で、そこは通行止めになってなくて。それから淡路島、兵庫の神戸から来る明石大橋もOKだってことがわかって。さらに鳴門のところの橋もOKで、四国の中の高速道路も基本的にはOKという情報を得たので、じゃあ、車の人はみんな来れるんだ、と。主催者の判断として、道路が通行止めになっていないのであれば、国道であれ高速道路であれ、一般道路が通行できれば、その人たちは来れるという判断になりました。もちろんJRが動かないっていうのはちょっと致命的だなぁと思ってたんですけど…。時間的にちょっと遅れて来るんですけど16時前後くらいには瀬戸大橋線が動くっていう情報が入ってきて。そうこうしているうちに昼過ぎくらいから晴れてきたじゃないですか!!

──でも10時時点の判断としては陸路が繋がってるだけで…。


宮垣:
話を戻しますが、でも朝イチのJALの1便だけは飛ばなかったけれど、飛行機はほとんど飛んでたんですよ。

──確かにそれ以外は飛んでましたね。


宮垣:
飛行機会社って相当正確な天気予報を元に運行ブランを決めてるはずなんですよ。だから飛んで来れるってことは、大ごとにはならないだろうと判断したんです。陸路と空路の運航状況で、まぁ割といけるかなっていう。集合していた時に高松市内のバスが動き始めたじゃないですか。公共のバスが。それで、ここで「中止」を発表する、「決行」を発表する、のどちらを選んでも、お客さんから相当なクレームが入って、怒られる。やっても怒られる、やらなくても怒られる、って思ったんです。テアトロンに行く車の中で大将(小田さん)にその話をしたら、「それはそうだ。やってもやらなくてもお前たちは怒られるんだよ」とか言われて(笑)。その時は笑い話だったんですけど、でもまぁホテルを出る頃には完全に晴れてましたからね。思い出したのは、朝10時のホームページで「決行します」と発表したら、途端にサーバーがダウンして。

──しましたね。


宮垣:
30分以上くらい繋がらなかったと思うんです。そしたら今度はメールがすごかったですね。「本当にやるんですね?」「本当にやるんですね?」という問いかけが相当あって。あの時、同じ現場で時間を共有していた人たちには、これはやれる、と思えるんだけど、高松に向かってる人たち、家を出ようとしている人たちからすれば、「本当に大丈夫なの?」っていうのがあったと思うんですよ。相当な覚悟をして行かなくちゃいけない、って。コンサートが終わった後も、帰れない可能性もあるんじゃないかと思われたお客さんが大多数だったと思うんですけどね。

──二日目の開演前、オールスタッフ皆んなに宮垣さん挨拶されてましたよね?どんな話をされてたんですか?


宮垣:
いや、えーっとですね…先ほど話した機材の撤去の打ち合わせを「バラ打ち」と呼んでいるのですが…。舞台監督が終わってからの段取りをスタッフに伝えてるんですけど、そうですね、現場によって数も違うのですが、70~80人くらいのスタッフがいるのですが、その時に、「バラ打ちが終わったら、ひと言スタッフに喋っていい?」って聞いたんですよ。主催者として一人一人に「台風の中、大変な作業を乗り越えてくれてありがとうございます!」って伝えられる機会が無いからって、それをお願いしたんです。その時に、もう…今も思い出すんだけど、なんて言うかなぁ…仕込み日から前夜の流れを含めて、スタッフみんなが僕を見つめて、ひと言も言葉を聞き逃さないっていう空気が伝わってきて、もう喋れなくなったんです。いや、僕は、「本当にありがとう!」って伝えようとしただけなのに、もう全く喋れなくなってしまってですね。時間的にはわからないんだけど30秒くらいだったのか1分くらいだったのかわからないんだけど、もう涙が溢れてきて全く顔を上げられなくなって……。社長の玉乃井を呼んで2人で感謝の気持ちを伝えようとしたんですが、もう「本当にありがとうございます!」そして、「最後までよろしくお願いします!」って震えながら伝えて。そしたらスタッフみんなから大きな拍手をもらいまして、それでまた涙がまた溢れて止まらなくなってしまって……。僕は、全国のイベンターを含めて、みんなが"チーム小田”なんだっていう表現を、ずっと前からしてきてるんですけど、今回の出来事はまさに”チーム小田”だからできたことって思えたんです。だから感激感動して、もうそれ以上何も言えなくなったんですよ。こんなことは仕事を始めてから40数年、1度もなかったと思います。もちろん主催者として、スタッフに、「ありがとうございます」「お世話になります」って言うことは何百回、何千回も言ってきたけど、今回のことは、自分がこれまで経験してこなかったような出来事だったし、まして、この野外という特殊な条件下で、あの大人数のお客さんに対して、僕らは安全に運営していく責任がありますし。それと同じようにそれぞれのポジションのスタッフがプライドを賭けて、懸命に仕事をしてくれたんです。もう返が溢れてきて、みんなにそんな姿を見られたくはなかったんですが、本当にありがたかったんです。

──小田さんとずっと一緒に登ってきた金比羅山のご利益があったんじゃないですか?


宮垣:
へへへ(笑)。僕は亡くなった永岡(舞台監督)にも助けられたのかなと思いましたね。あいつもこの現場に一緒に居たかっただろうし、きっとこの”奇跡のテアトロン”に一緒に居たんだろうなと思いました。終わってみれば全部が完璧だったし、しかも打ち上げ花火まで上げられたっていうのは、そんなことって本当にある?!みたいな感じで心から感しかったです。最後にこれは余談ですけど、翌日、大将(小田さん)とフナ(船越)を東京に送り出し、僕は高知に帰るための切符を買ってたら、後ろから「宮垣さん!」って声が聞こえて、振り返ったらスタッフの藤尾君が「これから僕も帰ります。いや~、二日間本当にありがとうございました!」って話しかけられたんです。そして「一緒に写真を撮っていいですか?」って言われたりして、別れた少しあとにその写真にコメントが一言添えられて送られてきたんですね。そのコメントが「僕たちも、宮垣さんと一緒に今回のテアトロンの仕事ができて本当に嬉しかったです」と。それを読んだら、また戻が出てきちゃって(笑)。さっきも言いましたが、本当にみんなで”チーム小田”なんだな、って思いました。もうツアーも残り少なくなってきましたけど、このツアーが終われば、スタッフそれぞれにまた別の現場が待っているけれど、このチームは、スタッフみんなが大将の現場が大好きで、全力で支えている感じが伝わってくるんですよね。野外公演は、沖縄の宜野湾とテアトロンだけですが、スタッフの疲労度も、ストレスも、インドアとは絶対に違うはずなんです。そういう自然との戦いっていうか、緊張感っていうのは、他と比べたら相当な違いもあって……。DUKEとして、宮垣としてもそうなんだけど、皆さんのおかげでここまでたどり着けた。お客さんに対しても相当なストレスを今回はお願いしているわけですよね。それでも、「良かったです!素晴らしかったです!」っていう言葉を直接頂いたり、メールもらったり、人伝えにそういう言葉を伝えられたり、本当に嬉しかったですね。すごい経験をさせてもらいました。こんなことは計算してできることじゃなかったです。一生忘れることのできない”奇跡の現場”を体験させてもらいました。本当にありがとうございました。

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