大好きな君たちに
「八景島カウントダウン」で、花道のずっとずっと先っぽのお客さんたちが、寒い中、あんなに嬉しそうな顔をしてボクがやって来るのを待っていてくれた。そうか、みんなの近くに行くというのはこういうことだったのかと初めて気づいた明けた2001年、クリスマスの約束というタイトルをつけてテレビの番組をやった。それも自分にとってはみんなの近くに行くという意味だった。でも、見知らさ人たちのところへ突然行ってもなかなか受け入れてはくれないだろう。どんなに懸命に歌っても初めて聴く曲には距離を感じてしまうに違いない。それに以前から、いろいろなアーティストの楽曲をテレビのようなおおやけの場所で取り上げて称えるということをしてみたいとも考えていた。で、カバーを中心に番組を構成した。ミュージシャンを含めてたくさんの人たちがよかったと言ってくれて、苦労も多かっただけにとても嬉しかった。それが今年で5回目を数え、番組を見た人たちの多くが、ボクのやろうとする音楽に興味を持ってくれるようになった。
「そうかな」のリリースに合わせてツアーをすることになった。でもスタッフから提案された「アリーナツアー」には賛成できなかった。広ければそれだけ大味になる、そんなライブには自分だったら行きたくないと考えたから。しかしながら、今の年齢と体力とを考えると出来る限り多くの人たちを収容できる会場でスケジュールを設定しないと乗り切れないと説得されて大人しく引き下がった。前回迷惑をかけているだけに強く反論もできない。それなら、会場が狭く感じられるくらいみんなの近くに行けるように、そして繊細な音楽も届けられるような環境を目指してステージを作ろうということになった。あの八景島で出会った笑顔たちに会いにゆく。ツアーのタイトルを「大好きな君に」と決めた。
「大好きな君に」は毎回イチから組立直さなければいけないライブだった。これから始まることを体に覚えさせようとしても、終わって行くとともにそのほとんどがこぼれ落ちていった。うまくできたこともまずかったことも、感覚的な形として何も残らない、身についていかない。でも今、その時の気持ちに戻って思い起こしてみると、ほんとうは自ら捨てながら進んでいったような気がする。ツアーが始まってすぐに、明日も今日と同じ自分で臨もうとするのは恐らく間違いだと感じたのだ。会場ごとに大きく変わる舞台環境、初めて来てくれる人たちの予想もつかないさまざまな期待、前回の「キラキラ」を超えて行くに違いないと信じているずっと応援してくれてきた人たちの想い。同じことのくり返しで超えられるわけがなかった。だから、いつも未知の場所へ飛び出して行くようだった「今日はどうなるんだろう…」。でもそれは望むところだったはず。ずっとそんなふうにしてライブをやりたかったのだし、やるべきだと思っていたのだから。それにしてもこの年になってあんなライブをするなんて20年前、10年前、5年前すら想像もしなかった。「いったい今日はどうなるんだ」それを振り払うように、走って走って走りまくり、ギリギリの声でシャウトした。どこまでたどり着いても消えていかない不安と正面から互角に戦わせてくれたのが、覚えていたよりずっとステキだったみんなの笑顔。いったいあんなにキラキラした笑顔はどこからくるのだろう。「いまだからできること~」とうたいながら、「どうもありがとう」と叫びながら、手を振りながら、若い人たちはもちろん、自分よりさらに年長の大人たちが見せてくれた優しい笑顔に感動していた。彼らはきっと言いたかったんだ「お前の伝えたいことはもう分かってるよ、ぜんぶ分かってる」。何度も何度もこみ上げた。みんながこんなに喜んでくれるなら、このツアーは止めてはいけないのではないかとさえ思った。でも、どんなにきらめく時もやがて終わるからステキなんだ、今日のこともきっといつか乗り越えなければいけないんだ、と言い聞かせ、思い直した。そしてようやくツアーが、予定していたすべてのことが終わった。
こうして書いてきていま分かった。ツアーの準備が始まってからずっと戦っきたのはステージの上のことじゃない。こんなに多くの人たちに支えられ受け容れられていること、それを忘れないように、決してしあわせに溺れたりすることのないように誰かがボクに必死で戦い続けるよう課題を与えたのだ。きっとそうに違いない。そうするとすべてのつじつまが合う。こころの中のことも。だから、来てくれたすべての人たちにもう一度、どうもありがとう。大好きな君たちに、またきっと会いにいくよ。
2005年12月 小田和正
KAZUMASA ODA TOUR 2008"今日も どこかで"