★コメントタイプ:ひとり語り
★アーティスト:artist-0001
★★diary_02150
2001.8.20 坂本サトルさん「ドライヴ/木蓮の涙」プロデュース
「ドライヴ/木蓮の涙」
サトルはアーティストとしては、恐らく唯一の大学の後輩である。地味な大学なのに、こんな世界に入って来るのがそもそもまずヘンだ。そうするとオレもヘンだということになる。そのヘンなヤツ同志が出会ったのは「緑の街」という二本目の映画に、ジガーズ・サンで出て貰った時。偶然だった。が、後輩と聞いてそのまま放ってはおけない。映画を手伝ってもらったこともあったし、いつか恩返しを、と鶴のようなことを考えているうちに、今度はレコーディングのコーラスで世話になってしまった。先輩として、とても居心地の悪くなっていたところへプロデュースの依頼が来た。渡りに船だった。「おっし!」ということで、打ち合わせが始まった。初めてサトルの楽曲と正面から向かい合った。僕の中で以前に聞いた彼の作品のレベルのイメージが勝手にあり、どれほどの詞を書くのかを知っていたから、そのレベルを下まわるわけにはいかないと決めていた。サトルが自分の作品の質ということに関して、どう考えているのかは分からないが、彼の待ってきた4,5曲ほどのデモテープをつぶさに聞いた後のミーティング、自分なりの意見を伝えた。否定的に。最後に「ま、とにかくどれかを選んで直していくか」と言ったけれど、サトルはなんの言い訳もしなかった。直後、「新しく別の曲を書きます」という返事が来た。「お、意地になってるな」と思った。
数日して、新しいデモが届いた。「もう、それだけでいいのだと」という決して高く張るわけでもない言葉、旋律が、切なく心に突き刺さった。曇った車の窓ガラスの向こう、小高く連なる冬の山が流れて行くのが見えた。いきなり最初に伝わってきたその気持ちを信じて作業は始まった。出来るだけしんどい思いをさせたかった。が、後輩という縦のこともあって、サトルはそれに柔らかく対応してきた。いや、プロデューサーとしての僕に、断りもなく最初の曲たちを捨てて新しい曲を作り直したというところで、自身の僕に対する突っ張りは果たしていたのかも知れない。レコーディングの最後に「もう、それだけでいいのだと」とコーラスを歌ってみた。最初に聞いたときから何度となく襲ってきた切なさが、さらに強く、今度は自分の中から流れてきた。「サトル、やったじゃん!」心の中で思った。出来上がった最初のプレイバックで、スタッフの一人が涙ぐんでいた、と聞いた。この曲はサトルの人生中で、どんな位置をしめて行くんだろう。
K.ODA TOUR 2002 『Kira Kira』