このアルバムは、‘74年10月の中野サンプラザホールでのライブ。メドレーで人の曲歌ったりしてる。当時のボクらのコンサートのスタイルを知るには、いいと思う。そして、これは例の“忘れ雪”事件の時だな。新曲なのに歌わなかった事件。会場は、満員にはならなかったけど、1800人位は入ったと思う。とにかくこの頃は、平気で人の曲歌うのが普通でさ、こうせつとか、よく突然、人の曲を歌ってたよ。人の曲をどう自分たち流にアレンジするかとか、そんなことにも興味を持っていた頃だった。
音楽も野球も同じだ。才能とか努力は関係なく、結果だけで判断される。それでいいんだ。そのすべての元は自分自身にある。受けないのは、いい曲をかかないからだってことは、一所懸命やってみればわかる。受け入れられるってことは、まわりも動かさなければいけない。その雰囲気を作るのも自分だ。才能がないのなら、それをカバーするのは、努力しかない。それがつらいからすぐ怠慢になってしまうってわけ。ある時は、自分をどん底に陥れるような状況が必要だよね。自分の存在が消されてしまうような状況―定期的に必要だと思う。それがいらない人もたまにはいるけど、いつもの状態でさ、よしよし……なんて舞い上がっちゃだめさ。自分で自分をどん底に追いこまないと、人間怠け者だからね。そのどん底の気分でがんばれるかどうかで、次に進めるか、そこで終わるかが決まるんだ。だから、元凶っていうのは、すべて自分から出ているんだと思う。
どうしたらわかってもらえるかを、いつも悩みながら創ってきた。歌ってきた。自分たちが未熟だっていうことは、いつも思っていた。思うようにピアノは弾けないし、いつもわからないことばかりだった。でも、吸収してきたものの中から、少しでもいいものを創ろうとするのは、少しでも多くを理解してもらいたいから、伝えたいからだ。聴く人が、前の曲がよかったから、今度の曲はもっといい曲だろうと期待してもらえる曲を、いつも創りたい。
FAR EAST CAFÉ PRESS 1993 Nov0 25th Vol.38