★コメントタイプ:Q&A形式

★アーティスト:artist-0001

★対象:diary_03066

TBS特番「クリスマスの約束2014」放送


小田和正:
細野さんは自分から話しかけてくるタイプじゃないけど、喋らせ上手なんだよ。それでまんまと、けっこう喋っちゃったんだ。どんな音楽聴いてきたかとか、いろんな話をしてたら、「あー、小田さんの音楽に合点がいった」って言われてね。どれだけ俺の音楽を知ってるかわからないんだけど(笑)

──「ダニー・ケイ・ショー」を楽しみに観ていたって話ですよね?


小田:
そうなんだよ。
 あと「アンディ・ウィリアムズ・ショー」(この番組がアメリカで放送されたのは62年から71年までで、その間、2年間のブランクがある。日本で放送されたのは66年から69年の間)とか、そんなのを観ていた頃のことで…。他にも「ベリー・コモ・ショー」(本国では48年から63年まで続いていて、そのうち、日本での放送は59年から61年)とか「ダニー・ケイ・ショー」(本国で放送されたのは63年から67年の間。日本での放送は64年からの模様)とかあったんだ。そしたら細野さんは、そのなかでも「ダニー・ケイ・ショー」が大好きで、一生懸命観てたらしくて、それを俺も好きで観てたんだ。そしたら、「あの番組を知っているという人には会ったことあるけど、実際に観てたって人にはこの歳になって初めて会った」って言われてね(笑)

小田:
細野さんのライヴがあるっていうから観に行こうと思ってね。そしたら行こうと思ってた日の翌日、坂本(龍一)と共演するって香いてあったから、そっちに行けば二人とも会えると思ってそっちに行って挨拶して帰ってきたんだけどね。そうか、こういう風に歳を取ってからでも「縁」が生まれて近づいて、みたいなこともあるんだな、ということで、「クリ約どうだろう?」って誘ってみようと思ったんだ。

──番組でも言ってましたけど、細野さんはふたつ返事で出演オーケーだったようですね。


小田:
最初は「風をあつめて」と「SMILE」と、二曲をやろうと思ってたんだよ。「SMILE」は細野さんがレコード大賞で歌ったのを観てたから、やり慣れてるだろうと思ってね。それで細野さんに「その二曲で」って言ったら、細野さんが「風をあつめて」は「難しい」って言うわけさ。俺は「はっぴいえんど」の頃からさんざんやってきた曲だろうし、「何が難しいんだろう?」って思ったけど、もしかしたら…って「京都音博」で一緒にやった時のことが気になってね。「あのコーラスをやられたら堪らんなぁ」、と思われたのかなって気になって(笑)。でも、「SMILE」は「歌わせて欲しい」くらいの積極性が伝わってきてたから、せっかくの「クリ約」だし、やっばりひとりで歌ってもらうだけじゃつまらないし、絡んでこその番組だから、コーラスをやりたくなってね。そしたらスタッフ通じて「どうやってもいい。どういうアレンジでも」って意向が伝わってきたので、「じゃあ、やらせてもらおう」ってことになったんだ。
(細野さんの)『とまっていた時計がまたうごきはじめた』っていう本を読ませてもらうと、曲をカバーすることに関しても書いてあって、基本は音数少なくシンプルにやる方向を好むようだったけど、今回は番組の趣向を優先させてもらってコーラスをつけさせてもらったんだ。ただ、クリ約の打ち上げの時も、「SMILE」のコーラスどうでした?とは訊けなかったけどね(笑)

──ところで今年の「クリ約」はどういう経緯で総集編になったんですか?


小田:
ツアーで忙しかったし、総集編にするくらいならナシにする、という選択肢もあったけど、そこはやっぱりTBSも譲らなかったんだよ。生々しい話だけど、「クリ約」というのは、ある一部の人達には毎年欠かせない行事になってるんだな、ということもあって、自分もだんだんそんな気持ちになってやることにしたんだけど…その時期に近づくとあっちこちから言われるんだ、「もうすぐですね」って。

──「もうすぐですね」とか?「今年はゲストに誰が来るんですか?」とかですか?


小田:
そうそう。で、今回は「最後のニュース」をああいう形でやってみたい、というのが当初からあったしね。「今年は総集編だったんだ」って、あちこちからなんだかんだ言われたけど、「最後のニュース」がどうだったかに関しては、あまり声が届いてこないんだ。ピンと来なかったのかな?

──あの曲は「大人数で歌うイメージの曲ではないのかな…」というのが、あったんですがね…。


小田:
そういうイメージじゃないからこそ、逆に「面白いな」って俺は思ったんだけどね。

──井上陽水さんに、あの曲を作った直後に話を伺ったことあるんですが、ライヴでギター一本で歌う時は、テンポに気をつけないといけなくて、もし出だしを通常より早めに歌い出してしまうと、後半で言葉が収まりきれなくなる部分があるって仰っていたのを覚えてるんです。こういう話を覚えているからこそ、あの歌を大人数で歌うということがすぐにイメージ出来なかったのかもしれないのですが…。


小田:
その「作者」も、どこかで番組を観ていてくれたはずなんだけどね。まだ感想をもらってないんだけど。でもやってみて思ったのは、あの曲は気迫の”気”、それが込もってないとダメな曲なんだって思ったね。合わせよう合わせようとすると面白くなくなる。かといって、思いっきり歌いたいけど舌が回らなかったらどうしよう、みたいな不安もある。だから練習の時からテンション高かったよ。そもそも間違えられないから。だれか間違ったら、そこで止まっちゃうし。「最後のニュース」は言葉で成り立ってて、言葉を間違うと全部が台無しになってしまうからね。

──新たに撮り下ろした曲だけでなく、総集編の部分も、どう”総集”するかが大変だったでしょうね。


小田:
それはもう膨大な素材があるわけだから、その並べ方には無限の道筋だからね。

──総集編という形にしたのは、小田さんの意向からだったみたいですね。


小田:
TBSのスタッフは、「総集編」ということを口にするのが厭みたいだったね。クリエイティヴじゃないというか、労力を惜しんで逃げたみたいな感覚っていうか、しかも歌が主体だから、どうやっても典型的な音楽番組の総集編にならざるをえない、というね。それが厭だ、というのがTBS側にあったんだよ。でも「今年は総集編なんです」って決めたんだし、「そう言えばいいじゃん」て思ってたんだけどね。そのあたりの戦いは凄まじかったね。

──番組が始まった13年前の小田さんの姿も出てきましたよね。それを見てどんなこと思いました?単純に"うわ~、若い”みたいな感じですかね?(笑)


小田:
50も過ぎてるのに「こんなこと喋って、こんなにガキっぽい雰囲気かよ」というのはあったけどね。でもまあ、それはしょうがないね。

──10年くらい前に朝日新聞で"これからは友達と思い出が勝負”ってエッセイを寄稿してましたよね。あの想いはその後も継続、という感じですか。


小田:
これからは、というのは、今後も言えるのかもしれないよ。実際、65も過ぎた頃に細野さんが自分の前に現われたようにね。

──お二人は同い年ですよね?


小田:
そうなんだよ。同い年っていえば、今日、人間ドックへ行ってきたんだけど、そしたら高田純次がいてさ、”彼とも同い年なんだよなぁ”って内心思いながら「どうも」って挨拶したんだけど。同い年だと、不思議な繋がりがあるよ。年齢がひとつ違っても違う。「同じ年代だね」というのとは、味わいが違うものなんだね。

──「クリ約」に戻りますが、「この日のこと」を番組スタート時に書いて、そのことを現在の心境として振り返る場面が終盤にありましたけど、そこで小田さんが、あの歌はその後、まさにこの番組の”脚本”のようになっていったって話してたのが印象深かったですね。


小田:
あれはプロデューサーの阿部が「あの歌も書いた通りになっていったじゃないですか、どうしてそうなったんでしょうかね?」って言うから、「普通にやっていけば自然とああいうふうになる脚本のような歌だったんだ」って俺は言っただけなんだけどね。でも、メドレーとか、そういうことを経過したあとだけに、あの言葉に信憑性が生まれたのかもね。でも、ゲストで出てくれるアーティスト諸君は、”ずぅ~っと~”とコーラスはしてもらったものの”この日のこと”とはなんなのか、音楽としては理解してくれてても、歌詞の内容が"今の自分達を歌っているんだ”というところまでは、なかなか理解できないものかもしれないね。特に若い人達には。まあ、説明することでもないし、こっちから、そう思って歌ってもらうように強制することでもないわけだしね。

Kazumasa Oda Tour 2016 “君住む街へ”