「楽しかったね」
ドームが決定したのはツアーも中盤を過ぎて本格的に夏が始まったころ、「少しても近くへ」というテーマと真っ向から対立する会場を敢えて選んでの準備は始まった。何度か描き換えられたステージの図面に、ある日、野球のダイアモンドが描き込まれていて驚いた。「え!この花道レフトからライトまでってこと?じゃ、すっげえ長いんじゃん大丈夫かな」。それに、走り回ったとしても、歌はキチンと届くんだろうか。
そんな不安が吹っ飛んでしまうような事件が起きた。東京ドーム初日の6日前のこと。実物大のセットを組んでのゲネプロも大詰めに近づき、自転車に乗ってキラキラを歌いながら会場内を回っている時、ちょっと調子に乗って飛ばし過ぎて大転倒。足の付け根をしこたま打ち、その夜にはほとんど歩けなくなった。それでもスタッフたちは考えていたに違いない、当日までにはなんとかなるんだろう。中止になった時のことなどは、誰も、いっさい触れなかったし、自分でも言い出せなかった。明日はもうちょっとマシになるんだろうか。だいぶいいみたい、と言えたらどんなにいいだろう。ホントにステージに立てるのか。
そして初日、いろんな人たちに、ほんとうに目一杯お世話になって、奇跡的になんとか自力で歩けた。懸命に歩いた、でも走れない。スタッフたちが思い切り走らせようと懸命に作ってくれた花道がずっと向こうまで続いている。来てくれたみんなは足を痛めていることを知らない。そして中盤、思わず走ったのがいけなかった。最後には足を引きずってしか歩けなかった。友人に「痛々しくて見ていられなかった」と言われた。申し訳なく、情けなかった。でも、あんなにたくさんの人たちが来てくれて一生懸命聴いてくれていた、それが嬉しかった。
12月20日、足はまだ痛む、あまり良くなっていないのか、無理するとまた歩けなくなるのか。でももう明日はない、ここで走らないでどうするんだと自問してから、映像を担当しているフナに「『こころ』で、先端まで走る、その後はどうなるか分かんないけど、とにかく走るから」と告げた。で本番、そこまではとにかく我慢して、歩いて、歩いて、「こころ」で思い切り走った。みんなが立ち上がって手を振っている。ホントは名古屋でも、東京でも走りたかったんだ、遠くにいるみんなの近くへ。でもそれはいつかまた。きっと涙なしで歌うんだぞと言い聞かせた「さよならは 言わない」を無事歌い終えたのに、集結してくれた各地イベンターたちの胴上げ、そしてツアースタッフ全員の拍手に迎えられて、こらえていた気持ちが一気にあふれ出た。ぜんぶ終わった。ドームやってよかったな、こころからそう思った。
みんなの住んでいる街の空の下で、かけがえのない、思い出に残る時間をともに過ごすことができました。来てくれたみんな、そして、来たくても来られなかった人たち、ほんとうにありがとう。きっと、またいつか。
KAZUMASA ODA TOUR 2011「どーもどーも その日が来るまで」