KAT-TUNプロデュースシングル「僕らの街で」発売。
アメリカから帰ってすぐにこの曲を書き始めました。こんなふうにして、若い人たちに直接メッセージを届けるられる機会ももうそんなに無いだろう、と考えて引き受けたのです。青春群像というテーマ通りみんな精一杯頑張ってくれて、いい曲が出来たと思います。この曲を書かせてくれた方々に感謝したいと思います。
小田和正:
KAT-TUNの「僕らの街で」は、”クリ約”で歌った時もほとんどキー上げた以外はアレンジも変えてないからね。強いイントロだし、あれをいじるのは蛇足になるというのは分かってたから…あれは俺なりにジャニーズという、ジャニーズっぽくないけど、何か新しい環境を、ということだったからね。ロックっぽいというか、エレキのディストーションの、あんまりファンキーじゃない感じのイントロだし。
──あそこは長い間培ってきたダンス・ミュージックの伝統もあるところじゃないですか。その流れとはちょっと違ってましたね。
小田:
だから、ああいう曲だとしても、ただ立って歌うのかっていうと、そうじゃないだろうからさ。向こうのスタッフにも一応訊いたんだけどね。でも、”それは一切考えて頂かなくてもいいですから。ちゃんと踊りますから”って言われてね(笑)。で、初めてテレビで歌っているのを観て、“あ~、こういう感じねぇ~”っていうさ。“あ、いいじゃん、カッコいいじゃん”て。そもそもあの時、彼らの歌入れに立ち会ったのは、”これ、どういう風に成立するんだろう”という興味もあったからでさ。もちろんこちらとしても、自分の歌い方とか押しつける気は一切なくて、でも、いい感じで理解してくれてたね。
──彼らの歌で最初に聴いて、クリ約で後から小田さんの歌を聴いたんですけど、違和感一切なかったですね。
小田:
変えて歌う気はなかったからね。ちょっとキーが上がっただけでき。そうそう、亀梨くんが俺が“クリ約”で歌ったのを観ててくれたみたいでさ。ちょっと電話で話したけど「感動しました」って言ってくれて。俺があの番組で“KAT-TUNが書かせてくれた”ってコメントして、”それがとっても嬉しかった”とも言ってくれたよ。私もそう言ってもらって、とっても嬉しかったんですけどね(笑)。
──“書かせてくれた”っていう、それは最近、小田さんが心のそこから想っていることですよね。その曲をどう書いたか、みたいな話しになった時、そういうニュアンスの発言が多い気もするんですが…。
小田:
最近はそうだな。じゃないと昔かないからね。機会がないとね。昔みたいにアルバム作ってツアーに出るというパターンじゃないからさ。“これを絶対、歌にしときたいんだ!そしてアッという間に書けてしまった~っ!”なんてことはないんで(笑)。東山魁夷も最後唐招提寺で襖に何枚も書いたけど、それもきっと依頼あって仕事だからじゃないと、体力も大変だし、書かないでしょ、というのも分ることだから。あ、でも黒沢明は言われてないのに撮りたがってたというからなぁ…別ものだろうな、そういう人は(笑)。
KAZUMASA ODA TOUR 2008"今日も どこかで"