★コメントタイプ:ひとり語り

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2000.7.20~22 第19回デスマッチ・ゴルフトーナメント開催


一緒に回りたいひと

ゴルフをしていて、いちばん悲しいことは、なんだろう。
 その日の結果なんて、その時は、涙が出るくらい悔しいこともあるけれど、やがて、時が忘れさせてくれる。飛距離が、目に見えて落ちてきた時。いや、それを受け止める、心の準備は出来ているつもりだ。クラブ選手権の予選を、結局、一度もクリア出来ずに、ゴルフ人生を終えてゆくこと。これは、ほんとうに切ないことだけれど、恐らく、全力を尽くして戦い終えた自分に、僕は、拍手を送れるはずだ。
 きっと、いちばん悲しいのは、「アイツとは、もうやりたくない」と思われること。うま過ぎるから、というなら仕方ない。でも、そうでないとすれば、これほど悲しいことはない。
 ゴルファーであるなら、「また、一緒に回りたい」と思われるようなプレーヤーを目指したい、と僕は考える。
がけの下、だれも見ていなかったショットも、きちんと数えて、「僕、12でした」と、さわやかに申告するひとが、僕は好きだ。
 見つからぬだれかのボールを、自分のことのように懸命に捜すひとが、どんなことがあっても、ミスショットを何かのせいにしたり、クラブを放り投げたりしないひとが、不条理にも当たられているキャディーさんを、陰でそっと、慰めているひとが、フェアウェーにたたずみ、移ろいゆく季節を、静かに感じているひとが、いつの日か、日本にも「ライダーカップのようなトーナメントが出来れば、と心から思っているひとが、僕は好きだ。
 そんなひとと、僕はまた一緒に回りたい。




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ハンディキャップ

 およそ、スポーツと呼ばれる競技に関することで、ハンディキャップほど奇妙な取り決めがあるだろうか。「あなたと、まともに戦ったら、とても勝ち目はありません。ここはひとつ、おまけをいただけませんでしょうか」。それが、ハンディをもらった途端、にわかに変身する。「今日は新兵器を持って来たし、負けませんよ」。どんな新兵器か知らないけれど、これが勝負と言えるのだろうか。

 僕は自分のことを、とても大人げない人間なのだろうと思う。草野球でも、夢中になる。だから、相手のチームの控えに、女の子が入っていたりすると、「ムッ」としてしまう。最終回になると、きっと、「さあ、ミーちゃん、出番!出番!」とおだてられて、代打で出てくるからだ。以前、日本航空のチームとの試合でも、キャピキャピギャルが登場した。「分かると思いますが、ゆるい球を、下から投げてあげて下さい」という雰囲気に包まれて。僕は、我がチームの剛球投手に歩み寄り、「3球三振に打ち取れ」と言った。彼女はもちろん三振し、シラッとした空気が流れた。きっと後で、僕は、「野暮(やぼ)な ヤツ」と言われたに違いない。構うもんか、これは試合だ。

 ハンディなしでは、どう転んでも負けるかも知れない。でも、一生懸命やってきたことだ、「ハンディなんかいらない!」と大見えを切りたいではないか。たとえ、プロの選手を相手にしても。「いやぁ、負けました。でも、今度もまた、スクラッチでお願いします。練習してきますから。」なんと、誇り高いひびきなんだろう。オレ、ハンディもらって勝ってもうれしくないもんなぁ。




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自然破壊

 ゴルフのことについて書いてきて、触れないわけにはいくまい。心あるゴルファーにとって、これを持ち出されることほどつらいことはないはず。「自然破壊」。僕はやはり、片棒を担いでいることになるのだろか。

あの、不自然に削りとられた山肌は、危なげに濁った池は、嫌でも目に入ってくる。ひとが生きていく以上は仕方ない、ゴルフ場だけ取り上げるのも、と逃げていてもいいのだろうか。環境を回復させる技術が、破壊を上回るようになるとは考えにくい。知恵と利益を迫い求めようとする人間の欲は、想像を遥(はる)かに超えている。とても、倫理でははたちうちできない。僕らは、どうすればいいのだろう。こんなふうに、ゴルフを続けていていいのだろうか。

自由と権利には、必ず義務がともなうのだ。僕は考える。自然を破壊してまでも、恩恵をこうむろうとするなら、それと引き換えに差し出せるものは、それによって築き上げられた文化のほかはないだろう、ということを。どうすれば、自分たちの、あの、遊びだけのゴルフが文化になるのかは、ゴルファーそれぞれが考えるべき課題なんだということを。そして、ゴルフという「お祭り」が終焉(しゅうえん)を迎える時が来たら、ひとと自然との力で、しかるべきところへ戻れる道を捜せるように、考えうる限りの方法を準備しておくべきだということを。そこは、未来永劫(みらいえいごう)にゴルフ場であり続けることは出来ないのだから。

ゴルフをする以上、環境問題には目をつぶるしか、と開き直らないで、今出来る小さなことから始めたい。ゴルフをさせてくれる自然に、心から感謝することからでも。

K.ODA TOUR 2002 『Kira Kira』