★コメントタイプ:ひとり語り

★アーティスト:artist-0001

★対象:diary_00107

東北大受験日、ホテルの屋上で。

建築学科を選んだのは、
一般社会との接点がある学問をやりたかったからなんだ。
建築には、理工系と文化系の中間みたいなところがあるし。
理工系のわりには言葉が饒舌、というかさ。
あと中学の時、美術の先生に鉛筆デッサンを
べた褒めされたのを覚えてて、
そんな資質も生かせるかなって思ってんだよ。

東北大学理工学部入学

俺が「横浜から来た」というと、「そうか、中央から来たのか」と言われてね。
東京や横浜のことを、仙台の人は“中央”って呼んでたんだよ。
でも当時の大学の“苦学生の美学”みたいな空気には、どうも馴染めなかったんだ。
ここでいったん、それまでのアイデンティティを無くした感じがしたよね。
でも友だちが出来たりするうちに、それも徐々に回復していったけど。

昭和40年頃の仙台駅。

俺はノンポリってわけじゃなく、
当時の言葉ならノンセクトラジカルというかさ。
まぁ結局、なにもせずストライキだけやってたんだけどね。
ある時、俺の好きだった主任教授の先生が、
学生たちに吊し上げられてさ。とっても可哀想に思ったんだ。
労働者のために、とかいいつつ、
大学で労働者と言えるのは先生たちなんだから。
なんのための闘争なのか、甚だ曖昧だったよ。

同級生・小林正一

4年になって一緒にアパート借りて、一番大変だったのは食事の支度。
毎日交代制にして、作らなかった方が皿洗いをすることにして。
まぁ最初からなんとか食べられたけど、批評なんかし合ってね。
小田のお袋さんが「高校まではパンにバターも塗らない子だったのに、
料理してるところなんて想像するだけで面白い」とかよく言ってたよ。

Kazumasa Oda Tour 2019 「ENCORE!! ENCORE!!」