SING LIKE TALKING 35周年記念ライブにゲスト出演(東京ドームホール)
小田和正音楽の遺伝子を引き継ぐと、こうなった!?
「少年と青年の間くらいの元気のいいヤツがやって来た」と、小田和正は書いている。「あれこれ説明して、“じゃ、とにかくやってみようか”ということになり録音が始まった。ビックリした。そいつはいきなり完璧に歌った。ホントウに完璧だった」
「春風に乱れて」という曲のレコーディングで初めて会った佐藤竹善の記憶は、小田のなかでとても鮮烈なものとして残っているようだ。佐藤竹善の本に寄せた『伝えるべきこと』と題した短い文章で、小田はさらに「それから何度チクゼンに助けてもらっただろう」と書き、さらには「オレがチクゼンにしてあげたことなんてあったかなぁ」と振り返っている。
竹善をはじめとする3人組SING LIKE TALKINGが小田にどんなことをしてもらったか、どれほどのものを受け取ってきたのかは、本人たちにしかわからないことだけれど、とにかく彼らは同じレコード会社の後輩として、小田の背中を追いかけながらキャリアを重ね、「少年と青年の間くらい」だった竹善は60歳になり、そしてSING LIKETALKINGはデビューから35周年を迎えた。
9月30日には、東京ドームシティホールで彼らのデビュー35周年を祝うライブ・イベントが開催されたのだが、“FRIENDS!”と銘打ったそのイベントは2021年に開催が予定されていながらメンバーの西村智彦急病のため中止となったイベントのリベンジ公演でもあった。出演は、押尾コータロー、森口博子、Tres joyeux、TOKU、宮沢和史、渡辺美里、そして小田和正。小田以外は2年前のイベントに出演するはずだった面々で、その全員が2年越しのリベンジ公演に勢揃いし、おまけに小田まで駆けつけることになったわけだから、なんとも幸運な、あるいは強運な3人である。
もっとも、彼ら自身も自らの幸運についてはしばしば語っていて、そもそも彼らがプロ・デビューを果たせたのは1986年に出場したコンテストで武藤敏史にスカウトされたからだが、佐藤竹善によれば「僕ら以外はビート・ロックとテクノばかりで完全に浮いてたし、当時のシーンの状況を考えても、武藤さんじゃなければ僕らみたいなバンドをデビューさせようなんて考えなかっただろう」ということになる。つまり、アーティストとしての彼らの幸運は武藤との出会いに始まるということなのだが、言うまでもなく武藤はオフコース時代から小田の音源制作をサポートしてきた人だから、彼らは武藤との出会いを通して小田との出会いという幸運も引き寄せ、結果オフコースに始まる小田和正音楽の遺伝子を引き継ぐことになったと言っていいかもしれない。
ちなみに、武藤との出会いの幸運の核心は、SING LIKEの3人が流行やジャンルなどの既成概念にとらわれることなく自分たちがいいと思う音楽に向かって突き進むことを武藤が認めてくれたこと、もっと言えば武藤自身がそうした情熱の持ち主であったことだ。SINGLIKEの35周年を祝うイベントの主人公が、メンバー3人ではなく、彼らのためにみんなが持ち寄った音楽そのものになったのも、彼らが自分たちなりのいい音楽に向かって突き進んできたことの自然な反映だろう。
しかも、この日はその構成がふるっていた。
ステージのセッティングを見ると、明らかに額面上の主人公であるSING LIKEのバンドのセッティングになっているのだが、定刻を過ぎて会場が暗転した後、明るくなったステージに登場したのはギターを抱えた押尾コータロー独りだった。そして、「SING LIKETALKING35周年、おめでとうございます。押尾コータローです」と挨拶すると、おもむろに彼ならではのマジカルなギター・プレイが始まり、それがこのイベントのスタートだったのだ。
2曲目は西村を迎え入れて斬新なギター・デュオを聴かせたものの、しかしその1曲であっさりと西村は去り、また押尾が一人で幻惑的な「戦場のメリー・クリスマス」を聴かせるという展開。その後に呼び込まれてようやく登場した竹善は、「いやあ、最初に登場したSINGLIKEのメンバーが西村だっていうのは、自分で考えときながらびっくりしました」と他人事のように話したが、ひとたび演奏が始まると、そんな呑気な雰囲気は消し飛んでしまった。オリジナルが元々持ち合わせていたスパニッシュなテイストをオルタナティヴに昇華した押尾のギターと、絶望の淵に立ちながらそれでも愛の可能性を信じたい男の切実な心情をクールに表現する竹善のボーカルが拮抗したポリス「Message in a Bottle」のカバーは、この日最初のクライマックスとなった。
その後も、登場するゲストがそれぞれに自身の音楽的個性をしっかりとアピールし、同時にSING LIKEの音楽に対する深い愛着を感じさせる演奏が続いていったのだが、個人的に印象的だったのは宮沢和史と竹善の共演で披露された「生まれ来る子供たちのために」。小田や竹善が歌うこの曲を聴くと静かな覚悟のようなものを感じるのだけれど、宮沢が歌うと、この曲の主人公の想いがもう少しナイーブに感じられたからだ。♪生まれ来る子供たちのために何を語ろう♪と歌うとき、あるいは♪勇気を与え給え♪と歌うとき、そこには困惑や祈りの気持ちが感じられて、それでもやはり生まれ来る子供たちのために未来に向き合おうとする懸命な人間の姿が浮かんでくる。その主人公の姿が僕には新鮮だった。
ゲスト陣の最後に登場した小田が歌ったのは、「ラブ・ストーリーは突然に」と「君住む街へ」の2曲。竹善が、「君住む街へ」を根本要(スターダスト☆レビュー)とカバーした際、根本がスタジオにやって来てから40分ほどしゃべり続け、それからようやくレコーディングが始まったというエピソードを話すと、小田が「今日はずいぶん(時間が)押してるんだよ」とボソッと答えた。「要もいねぇのに、どうしてそうなってるんだ?」
竹善はハッとして(笑)、「では次の曲に行きましょう」ということで始まった「君住む街へ」が素晴らしかった。金原千恵子のヴァイオリンと笠原あやののチェロ、塩谷哲のピアノという3人の演奏に小田と竹善の歌が乗っかったのだが、その5つの音だけで奏でられる音楽の豊かさが満員の会場を包み、その音楽の温もりが会場を満たした。それは、互いの音楽に対するリスペクトとそこから生じる信頼、そしてそうした気持ちを過不足なく表現できる技術が結晶したと思える演奏で、と言うことは武藤の薫陶を受け、小田和正音楽の遺伝子を受け継いだ3人のキャリアを祝うイベントを象徴する演奏でもあったと思う。
ちなみに、この翌日に同じ会場で行われた35周年記念のワンマン・コンサートで、いつものようにMCが長くなりそうになると竹善が「昨日の小田さんの言葉が頭から離れないんです」と話して、会場の笑いを誘った。そのコンサートは無事に3時間弱の尺に収まったのだから、それも幾分かは小田のおかげと言うべきだろう。
それはともかく、小田からの『伝えるべきこと』は確かに伝わり、それをSING LIKE TALKINGの3人が自分たちなりの流儀で音楽化し、その表現が厚い支持を集めていることが確認された、濃密な2日間だった。
音楽ライター 兼田達矢
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