★コメントタイプ:Q&A形式

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★対象:diary_03361

服部隆之さんインタビュー


 オフコースの名曲7作品を取り上げて、クラシックの表現法も取り入れつつ完成されたのが、『オフコース・クラシックス』である。プロデュースを担ったのが、今回、インタビューさせて頂く服部隆之さんだ。
 オーケストラの豊かな香きが魅力だが、豪華なボーカリスト達が参加していることも注目される。名を連ねるのは、根本要、佐藤竹善、平原綾香、さかいゆう、上白石萌音、ソン・シギョン、Ms.OOJA(ミス オオジャ)といった人達であり、オフコースへのリスペクトとともに、見事な歌声を聞かせてくれている。
 『オフコース・クラシックス』はコンサートも実施され、既に横浜(10月27日)と奈良・薬師寺(11月2日)で行なわれ、大成功を収めた。その際、オーケストラを指揮し、進行役を務めたのが服部さんであった。
 さらにこのことを…。服部さんといえば、お祖父さまが服部良一、お父様が服部克久という、日本のポピュラー・ミュージックを牽引してきたお家柄であり、実は小田とも関わりがある。2007年に『服部良一~生誕100周年記念トリビュート・アルバム~」が企画された際、小田に「蘇州夜曲」の歌唱をオファーしたのが、服部克久さんと隆之さんだったのだ。そして小田は、この依頼を快諾した。そんな話も後半に登場する。まずは『オフコース・クラシックス』のことから、たっぷり伺うことにしよう。

──今回、「オフコース・クラシックス」と銘打たれているわけですが、アルバム・タイトルに関しては、どう受け止めていらっしゃるんでしょうか?


服部隆之:
”クラシックス”というのは、オフコースの名曲が”クラシック”と呼べる存在だということもありますし、そこに僕のフィールドである、クラシックと呼ばれる音楽のテイストを入れてみた、ということでもあるんです。このふたつが込められた言楽ですね。

──でも見事に、オフコースのオリジナルを踏まえつつも、今の音楽になってますよね。


服部:
確かに”オリジナルを踏まえつつ”ではありましたよね。「YES-NO」のベース・ラインなんか、ほぼ、オフコースがやっていたままですし、その上で、そこからちょっと変えていく、みたいなことをしています。「YES-NO」でも、ちょっと変えただけで今のサウンドになってしまうのかもしれないですね。

──コピーした、ということでもなくて、ですか?


服部:
ベースのことを言えば、ワンコーラス目は僕が採譜したオリジナル通りのベース・ラインを演奏していまして、そういう部分もありつつ、そこからの応用なんです。その応用の部分は、実際に演奏しているベーシストの感性でもあるんですけど。さらに「YES-NO」で言いますと、ギターのカッティングがオリジナルのままというより、少し山下達郎さんみたいになっちゃったんですよ。

──胸のすく歯切れのいいカッティングですね。


服部:
それがあの曲には、非常に合いますし、なので自然と、エレキ・ギターの人に譜面を渡すとああいうカッティングをやり始めましたね。ただテンポに関しては、オリジナルより若干早いのかな?

──そのテンポやギターの印象も含め、「YES-NO」なのに「ラブ・ストーリーは突然に」みたいにも聞こえたりして(笑)。


服部:
あっはっは。でも確かに、テンポはそっちのほうに近いです。ただ早いといっても(速度記号で)2つぐらいですけどね。さらにこの曲では、弦も足してみて、そしたらEarth,Wind&Fireみたいになっちゃったんですけどね(笑)。でもこれも、そもそも曲自体に”そうしたくなる要素”があるということなんですけどね。

──ちょっとした違いこそが新鮮でした。


服部:
まさに匙加減でしょうけど。あまり変えてしまうと、ファンの方々に怒られてしまいますし。なのでカバーは気を遣います。せっかくやるなら、ちょっとは自分なりに手を加えたいですし、毎回、どのへんに落ち着かせるかが考えどころです。

──「YES-NO」を歌っているのは、スターダスト・レビューの根本要さんですが、あの方の歌唱に関しては如何でしょうか?


服部:
ヴィブラートを深くかけて歌い上げるでもなく、シンプルに歌ってくださってますが、もうそれだけでバッチリですからね。ああいうのを”本当の歌の上手さ”と言うんでしょうね。プロの歌手の度量の深さに触れることができる歌ですよ。

──女優さんとしても脚光を浴びている上白石萌音さんが歌った「さよなら」は、Aメロの歌い出しのメロディがイントロの頭に引用されてますよね。


服部:
おっしゃる通りです。でも最初は頭の”♪タタン”が”♪もお~”であるということを、果たして分かって頂けるだろうかと思いましたが……、いやでも……ファンの方々なら分かって頂けますよね。

──分かると思います!


服部:
そうであるなら嬉しいです。でもあれを、”♪タタン タタ~ン”て続けていくと、ベートーベンに同じシンフォニーがあるんです。なので僕は、「これをずっとやってったらベートーベンが出来るんじゃないか……」って呟きつつ、あの曲のアレンジをやってましたけど。

──上白石萌音さんが歌う「さよなら」は、まさに彼女の世界観になってますね。


服部:
イントロの繰り返しがあって、そのあと、なぜか僕は上白石さんに”アカペラで歌ってもらおう”って思っちゃったんです。小田さんがどう思われたのか分かりませんけど、おそらく僕には、「さよなら」の歌詞がシャンソンのように聞こえたからこそ、そうしたくなったのかもしれないです。なので同じアカペラでも、彼女にはシャンソンのような、語るようにちょっと崩した歌い方をお願いしたんですよ。結果としては、彼女はいま22歳だったかな?とてもお若いですし、仕上がりとしては”崩して語る”というより、イノセントなものになりましたけどね。同じ「さよなら」でも、彼女が歌うと高校生の失恋の別れのような、そんな無垢な雰囲気すらしてくるようなね。

──うわっ。そういう「さよなら」も素敵です(笑)。


服部:
歌というのは歌う人によって浮かぶ情景も変わってきますね。なのでこの場合、歌に登場するカップルの雰囲気も、ずいぶん変わってくる気がしました。

──ボーカリストのオリジナルへの思い入れの違いも、いざ歌うとなると反映されそうですが…。


服部:
あるかもしれないです。上白石さんはお父さんとお母さんがすごくオフコースを乾いてたと言ってたし、お二人が大好きな曲が「さよなら」で、この作品のことはよくご存知だったようですけど。

──佐藤竹善さんは「生まれ来る子供たちのために」を歌われてますね。


服部:
この曲は竹善さんご自身もライブで歌ってこられてますよね。でも今回は、基本的にオリジナルと同じ構成でやりました。この歌って、”国歌”というか”唱歌”というか、彩りあるメロディというより、ストイックな感覚じゃないですか?それをピアノ中心にして、あとはコーラスが被るくらいの削き落としたアレンジでやっていたのがオリジナルなんですね。なので、なるべくその雰囲気は踏襲しつつ、でもイントロは、ピアノがやってたものを総て木管に置き換えています。その木管に続いて、しばらく同じようにピアノ一本で歌って頂いてますが、ここは僕の堪えどころのないところといいますか、どーしても、このまま全部、ピアノ一本で行くってわけにはいかないよなぁ~、ということにもなりまして(笑)、途中でリズムを入れようとしたんです。しかもエイトとか16とか、決まった形は自分のなかで馴染まなかった。むしろグチャグチャというか、そんなリズムでいったん壊したくなったんです。もともとフォームがカチッとした曲だからこそ、そうしたくなったというか…。それで中サビくらいのところから一瞬だけドラムが出てくる。ただ、ほとんど一拍がどこなのか分からないようなビートにしておいて、が一っと盛り上げて、再びピアノ一本の世界に戻ることにして…。

──なるほど…。


服部:
あと、「生まれ来る子供たちのために」というのは正にこれから生まれてくる子供達に”何ができるのか?”ということを仰っている歌なので、少しこじつけかもしれないですが、さっきも言った『オフコース・クラシックス』の”クラシック”の部分として、モーツァルトのクラリネット協奏曲を間奏に入れたんですよ。個人としても、このモーツァルトの曲は、「次の世代も聴いた方がいいよね」という想いから…。そのモーツァルトも、善さんにボーカリーズで歌って頂いてます。なのでこの曲は、構成としては複雑なところもあるんですが、竹善さんだからこそ、ちゃんと歌い上げて頂けましたね。いったん壊す、という部分も含め、彼が歌えばすーっとまとまっていきました。そのあたりが凄いです。

──竹善さんの歌は、つい説得されますよね。


服部:
ホントにそうですね。でまた”上手く歌おう”だとか、”自分の歌唱力をみせつけよう”だとかってことは、一切しないですから。あくまで淡々と歌ってるんですよね。

──「生まれ来くる~」の”愛する人を守り給え”のところで、ハードなエレキの音が出てくるじゃないですか?あれは世の中がよりタフな状況になっていく中での”守り拾え”を表現してるように聞こえたんですが。


服部:
いやいやいや、そういう風な感想を仰って頂けたら僕は嬉しいけど、そこまでは考えてないです。たまたま流れでそうなったところがあった。でもアレンジのポイントとして、そう受け止めて頂けたのなら嬉しいですね。でもなんでしょう…。今回、僕がやったらああいうふうになったけど、誰がやってもあそこでは、ひとつの“杭を打ちたくなる”というか、もともとそういう構成の曲なのかもしれないです。

──さっき根本さんの話のところでヴィブラートのことが出ましたけど、このあたりに関して作・編曲家の立場としては、ボーカリストにどのようなことを求めたいのでしょうか?


服部:
ヴィブラートをかけないと、ホントにつまらない歌になってしまう人もいるんですよ。そうした人の場合、かけないと商品にはならない。逆に、ヴィブラートを必要としないということは、それでも成立する音程の持ち主であったり、または音の長さをちゃんと保つ肺活量がある人なんだと思うんです。ただ、そこまで行けてる人は少ないんじゃないですかね。でも小田さんは、しょっちゅうしょっちゅうヴィブラートはかけないですものね。ストレートはストレートのまま、ずーっと歌っていきますし……。そういう意味では根本さんも竹善さんも同じでね。お二人は”小田さんフリーク”といえばそうなんだろうし、なので今回、オフコースを歌うにしても、小田さんのそういうところもリスペクトしつつ、歌ってたんじゃないでしょうかね。

──平原綾香さんは「言葉にできない」ですね。


服部:
平原さんとは二人でがっぷり四つで濃い打ち合わせをしつつ決めました。そして「言葉にできない」も、基本はオフコースのオリジナルです。ただ、彼女が思い描いていた「言葉にできない」は、小田さんがここ最近もライブでやってらっしゃるようなピアノの弾き語りのように始まっていくものだったようで、オリジナルの通りの構成にしていたら、後半の間奏に出てくる”♪もう 今は~”のところは、彼女の知ってるヴァージョンにはなかったみたいでね。「これ、なあに?」て訊かれたんですね。なので「オフコースはこういうふうにやってるんだよ」って話をさせてもらったりして…。

──ボーカリストの方によっては、その方に馴染みあるヴァージョンが別だったりもするわけですね。でも「言葉にできない」といえば、そもそもオリジナルは”♪ラ~ラ~ラ~”のコーラスから始まるんですよね。


服部:
そうですよね。でも今回は、その部分に関してはいきなりサビ始まりにして、イントロ入ってから本編、ということにさせて頂きました。でも平原さんと密にお話させて頂きつつ、よりドラマチックにドラマチックに、ということで作っていきました。

──さかいゆうさんの「愛を止めないで」は、オリジナルの解放感あるロック・サウンドから一転、フォー・ビートのジャズ・テイストになってますが。


服部:
実は彼のことは以前から知ってまして、ビアノもすごく上手いし、彼の歌の特性も知ってるつもりだったんですけど、どっちかというと今回は、洋楽でいえばハリー・コニック・ジュニアみたいな感じになりましたね。さかい君じゃないと、あのアレンジでああいう風に歌うというのは無かったと思うんです。彼はアメリカに長く居たのもあるんでしょうけど、相の手のフェイクとか歌の終わり方の表現とか、向こうの白人のボーカリストのようなものを心得ていますよ。

──小粋な感じの歌だと思います。


服部:
今回、彼は一番最後の”♪まっすぐにい~”のところだけ深いヴィブラートかけて気持ち良く終っているんです。そうやって歌の全体のバランスをとるのが、天才的に上手い。あの歌には惚れます(笑)。さかい君がスタジオの階段のセットを降りてきて、降りるたびに一個ずつ電気がついていく、みたいな、昔のエド・サリヴァン・ショーとかの雰囲気が浮かぶんですね。ただ、テンポはオリジナルより落としてしまってますし、熱心なオフコースのファンの方から「原曲と違う」って言われそうだけど、あのアレンジだとあれがベストのテンポだったんですよ。

──「YES-YES-YES」をお歌いのMs.OOJA(ミス オオジャ)さんて方は、存じ上げなかったんですが、素晴らしいボーカリストですね。


服部:
実は僕も、お仕事させて頂くまで存じ上げなかったんですよ。でもこの方はレコーディングももちろん、ライブが素晴らしかった。ライブでレベルが落ちていかない。むしろレコーディングよりスゴイ、さらに歌い込むほど凄くなる、という人でした。上白石さんと平原さんは”女性が歌うオフコーズ”という感じですけど、Ms.OOJAの場合はそのへんを超越してユニセックスのボーカルとでも言いますかね。ビックリしました。

──ソン・シギョンさんは「君住む街へ」ですね。


服部:
彼はベルベット・ポイスで声を張らないし、マイクの近くで囁くようで、ジョアン・ジルベルトっぽい感じでね。最初は余裕で歌っているんですよ。でも最後に一瞬だけ線香花火の最後の輝きみたいにギアを1速に入れ、またすっと戻っていく、というか…。それが女性のハートをむんでしょうけどね。コンサートの時も、ファンの方々のペンライトにはびっくりしました。

──既に日本にも、熱心なファンが大勢いらっしゃるようですね。


服部:
ライブでは、「YES-NO」も彼が歌ってくれたんですけど、その時が凄かった。一瞬会場が、ソン・シギョンのコンサートになった、というか(笑)。

──韓国のボーカリストの方が日本語で歌うと、良い意味で歌に客観的な視点が加わるみたいなところ、ありませんか?


服部:
そうですね。彼はしっかりした日本語で歌ってくれますけど、発音の感じとしては無国籍的というか……、この言い方が正しいかは分かりませんが、いま仰ったみたいな客観的な雰囲気にはなりますね。それが彼の、日本部で歌う時の味なんでしょうね。

──『オフコース・クラシックス」には、かつて服部さんがアレンジした、インストゥルメンタルによる「愛の唄」も収録されています。先のNHK-FM『今日は一日“小田和正”三味ENCORE(アンコール)!!』では、スタジオの小田さんが“この曲の正解をみつけた”とまで絶賛してましたが。


服部:
あれをやらせていただいたのは、もう四半世紀前とかになるんですよ。僕はこの仕事をはじめて30年くらいになるんですが、留学して帰ってきて、ちょっとして、くらいの時期でした。でも当時はね、「原曲に忠実にやるのはダメだ」と思い込んでいた時期でして、演歌の依頼がきても、ものすごく自分のテイストに変えてたんですよ。それで一回、歌手の人から怒られたこともあって(笑)。前田憲男さんに、「オマエ、演歌は変えなくていいんだよ」って言われたりもして。なので「愛の唄」をやらせて頂いた時も、自分としては、すごくデフォルメしちゃったかな、という想いだったんですけど。

──小田さんは服部さんがアレンジした「愛の唄」の、どのあたりを評価したんだと思われますか?


服部:
小田さんのラジオの特番でコメントさせて頂いた時に、僕がさせて頂いた質問というのが、「詞を先に書くか曲を先に書くか」だったんですが、想像していた通り、小田さんは曲が先だという話でね。曲を先に書く人というのは、メロディにつける和音、ハーモニーを気になさっていると思うんですが、この曲をアレンジさせて頂いた時も、オフコースはコーラス・ワークもきちっとされてて、小田さんはハーモニーが大好きだということを感じましたけどね。僕もメロディの和音の部分が大好きなので、そういうところは小田さんと僕は似てるかも知れない。自分が曲をアレンジする時も、そこが蔑ろになることは絶対にないし、なので小田さんが僕の「愛の唄」のアレンジを気に入ってくださったなら、和音を大事にハーモニーを充足させていったあたりなのかな、という気はしていますけどね。

──ーコンサートの話題もチラホラ出てますが、横浜と奈良でのライブは如何でしたか?服部さんはオーケストラを指揮するのみならず、MCも務めてらっしゃいましたよね。


服部:
「オフコース・クラシックス」の企画の話をちょっとする、くらいは考えてたんですが、まさか進行役までやるとは思ってなかったです。ゲストのみなさんのお話もお訊きしないと•…、とかってやってるうちに、どんどんああなっていったことなんですが。

──今回のコンサートは、準備段階からどんな様子だったのでしょうか。


服部:
基本的に練習できるのは1回だけで、あとは本番前のゲネプロのみだったんです。なので、その短い準備のなかで、僕としては、”ああ、この人のためなら弾いてあげたい”と思わせないといけない。そのためには、しょっちゅうニコニコしてればいいわけじゃなく、かといって、しかめっ面ばかりでもいけない。僕は毎回、リハーサルの前がイヤなんですね。出て行くと、そこには50人60人がいる。指揮台に立つまでは、その全員が敵だと思って出ていきます(笑)。もうこれば”針のむしろの状況”だと思って出て行って、でも、いったん音が鳴り出せば、少しは気持ちも楽になっていきますが。

──僕はコンサートには伺えなかったんですが、基本、クラシックのオーケストラのコンサートとはいえ、最後は大盛り上がりだったようですね。


服部:
実は最後に、盛り上がって欲しいという下心もあったもんですから、リハーサルのあとで曲順を少しいじったりもしました。でも、オーケストラの満奏をちゃんと座って聴いて頂きたい部分も当然あって、このふたつがひとつに繋がったとは思うんです。どっちに気を遣うわけじゃなく、自由な雰囲気のなかでね。ただ、それもオフコースの楽曲のお陰なんですよ。オフコースの曲なら、オーケストラに落とし込んだクラシックのスタイルでも出来ますし、そこにボーカリストが入っても成立するし、「YES-NO」や「YES-YES-YES」のように、リズムがしっかり入った盛り上がれるものもありますしね。その両方を包み込んで、こうした形態のコンサートを成立させ得るのがオフコースの音楽性ということでしょうけど。

──一肝心な大もとの部分に、様々なエッセンスが詰まってないとダメなわけですね。


服部:
それがあってこそ、僕もそこからインスパイアすることができるんですからね。

──ところでコンサートでは、小田さんの楽曲だけではなく、鈴木康博さんの「でももう花はいらない」も演奏されましたね。


服部:
あの鈴木さんの曲は、超難しかったです。ほほ8小くらいを繰り返していく構成なんです。歌詞があると、世界がどんどん広がっていくんですが、僕はオーケストラのインストゥルメンタルでやらせて頂きましたからね。そうなると、なかなか大変でした。結局、バロックみたいなことにして、お聴き頂いたんですけどね。ああいう曲は、無理にドラマチックにしても詰まらなくなりますからね。

──服部さんは、鈴木さんとお仕事をされたことがあったそうですね。


服部:
そうなんですよ。実は小田さんがリアル・タイムで書かれた楽曲に僕が弦をアレンジさせて頂いたみたいなことは一回もないんですけど、鈴木さんはリアル・タイムで書かれたものに僕がアレンジさせて頂いたものが東芝時代のもので2曲あるんです。なのでむしろ、小田さんより鈴木さんのほうがカチッとお仕事させて頂いているといえばいるんですけど。

──ここで改めて、服部さんからみて小田和正の音楽性というのは、どこが特徴的なんでしょうか。


服部:
先ほども少し触れましたが、和声がお好きなんだなぁ、とは思います。小田さんの音楽には、和声による様々な色彩がありますからね。単にGとFとCでできてるだけじゃないんですよ。もっと複雑なテンション系の和音も入ってますし、様々な仕掛けもありますしね。

──仕掛けと言いますと…。


服部:
例えば「YES-NO」なら、イントロからたった3つの8分音符でいきなり違う調へ変わっていく。こういうことすると、そもそも歌いづらいと思いますし、普通はしないんですよ。あとこれは、『オフコース・クラシックス』のCDの解説でも言いましたけど、「YES-NO」というのはメロディを二つ提示しつつ繰り返し、最後にそれが大団円とともにひとつに重なる、みたいなことにもなっているんです。ミュージカルでは使う手法ですが、そういう音楽的なトライもやってらっしゃいますね。

──小田さんはレナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」の音楽や、ミッシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」の音楽にも影響されたと語ってますが、服部さんが小田さんの音楽に触れると、やはりそのあたりは思い浮かぶんでしょうか?


服部:
あー、そうなんですか、小田さんはバーンスタインやミッシェル・ルグランなども聴いてこられたんですね。でもそれは感じますよ。納得です。「I LOVE YOU」なんかも、とてもヨーロッパ的ですしね。

──Legrandといえば、服部さんてルグランと同じ「パリ国立高等音楽院」をご卒業されているんですよね。


服部:
ああ、なるほど…。そこで繋がるといえば繋がるんですかね(笑)。

──いちおう、今日のインタビューの後半戦は、このあたりの話題で攻めようかな、と(笑)。


服部:
でもうちの親父はミッシェル・ルグランと先輩・後輩なんですよ。先生も一緒でね。アンリ・シャランという作曲家の人で。

──「パリ国立高等音楽院」の先生だと、ナディア・ブーランジェとか有名ですよね。


服部:
ルグランはブーランジェにもついてたんですが、親父がついてたシャランにルグランもついてたんですよ。ただブーランジェはクインシー・ジョーンズも習ってた先生ですからね。『ミッション・インポッシブル』のテーマ曲とか書いたラロ・シフリンとかもね。

──服部さんご自身は、お父様も学ばれた学校ということで、「ぜひ自分もそこで学ぼう」と思ったんですか?


服部:
これがね、カッコいい話だったらいいんですが、実はうちはB型家族でして、あまり深いこと考えずに物事を進めていっちゃうんですよ(笑)。僕は中・高もフランスで行った学校も親父と一緒だけど、親父から、「俺も成蹊行ったからお前もどうだ。俺がパリだからお前も行くだろ?」みたいな…。けして強制はしなかったんですが、ホント、選択肢がそれしかなかったというか…。その時も、「音楽の勉強ならウィーンとかアメリカとか、他にもあるんじゃないですか?」って反論すればよかったんですが、非常に静かに「そ、そっすねー」みたいな感じでパリへ行ってしまったんで(笑)。日本にいる時、そんなにフランス音楽を聴いてたわけじゃないし、そもそもクラシックも、そんなに聴いてなかったくらいなんです。なので唯唯諾諾と言いますか、なにかそこに、ドラマチックな話があったわけじゃないんです。ホント、そういう感じ。ただ、行ってからフランス音楽は大好きになりましたし、良かったんですけどね。嫌いになったら悲惨なことだったんじゃないかってね。そもそもこの話、うちの親父が「こいつとフランス音楽はマッチングがいいだろう」と、そこまで読んで僕をフランスへ行かせたのなら大したものですけどね。でも、おそらくいま訊いたら、あのヒトは絶対に言いますよ。「そうだよ、俺は、分かってたんだ!」って。いやでも…、そんなハズないし(笑)。

──えーと(笑)、ここからは2007年に企画された『服部良一~生誕100周年記念トリビュート・アルバム~』のお話を。アルバムのラストに収

録された「蘇州夜曲」は、小田さんが歌っているわけですが、先日のNHK-FMの特番で服部さんのコメントが紹介された時、この話題にもなり、逆に小田さんが、訊ね返してましたよね?あれで「よかったのでしょうか?」と……。

服部:
もともとこの曲は季香聞さんが歌い、霧島昇さんと渡辺はま子という、お二人のカップリングでも歌われているんですが、小田さんはそうした先達たちの歌唱法を踏襲しつつ、まさに無駄もなく、でもご自身のテイストも含め、歌ってくださったと思ってます。小田さんの歌からは、オゾンというかマイナスイオンというか、そうしたものが届いてくるような気もしますよ。この曲の中の、本当に綺麗な上澄みの、最高の成分のところだけで歌っていただけた感じがしてます。

──「蘇州夜曲」といえば、非常に多くのカバーが存在する作品でもありますよね。


服部:
小田さんのような歌い方のものは、他にはないと思います。よく、出だしの”♪きぃ~みぃ~がぁ~”の”がぁ~”で声を擦りぎみにする人もいらっしゃいますけど、小田さんは、そういうのではないですし。いわば"ストレートな美味しい麺”みたいなね。けして”縮れ麺”ではないという……。

──素晴らしい例え(笑)。


服部:
そこから出てくる雰囲気は、唯一無二ですよ。小田さんの「蘇州夜曲」なら、何回でも聴けます。ちなみにこれはうちの親父がアレンジしてるんですが、中国の楽器(古琴・明笛)を入れてるんですよね。その素朴な感じと小田さんの歌も、すごくマッチングしてますね。

──ところで服部さんは、小田さんとは一回しかお会いになってないそうですね。


服部:
はい。番組の時も言いましたが、「蘇州夜曲」を歌って頂こうと、事務所に親父とお願いに行った時以来、お目に掛かってないんですよ。でも今は、会わないでこうやってお仕事させて頂くのもいいのかな、という気もしてます。間接的なほうがね。本当は会いたいんですよ。でも、僕は地球の周りを回っている月みたいなもので、こうしてたまに何年かに一度、ふっとお仕事させて頂く感じがいいんじゃないですかね。

──太陽と月が重なる天体ショーみたいな話ですね(笑)。


服部:
会えば会ったで、がっつりお話させても頂けるんでしょうけど。

──一回会っただけで、小田和正の人物像を伺うのもナンなのですけど…。


服部:
キチッとした方だな、という印象はあります。作曲する時の作り込む感じにしても。これは僕の予想ですけど、コンサートのリハーサルなどもしっかりなさるんじゃないかな?もしそうなら、クラシックのミュージシャンに似てますよね。あの人達は間違った演奏をしてはいけないから、すごく練習して本番に塩むんですが、小田さんにもそういう佇まいを感じます。音楽に対する直向きさ、ですよね。または、心地良い律儀さとでも言うか…。それが「蘇州夜曲」の歌にも表われていたんじゃないですかね。

──実は今回、このインタビューのために、服部さんに見て頂こうと持参したものがあった。それは2001年に「キーボード・マガジン」別冊として出た小田の楽譜集であり、実はそこに、小田の自筆のストリングス用パート譜も掲載されているのである。普段、スコアが重要なコミュニケーション・ツールである服部さんなら、きっとなにか、我々には分からない”小田像”を、自筆の面から感じ取ってくださるのでは…。持参したインタビュアーの目論見は、そこにあったのである。


服部:
(しばらくそのページを眺めたあとで)あれ。これはうちの祖父(服部良一氏)の筆跡に似てます。でも音符の形って、人によって、
本当に違うんですよ。でも、千個も一万個も別々の形があるわけじゃなくて、だいたい二十通りもあれば、そのなかに収まるんですけどね。でもこれは、祖父のに似てますよ。僕でもないし、うちの親父のでもないですね。丁寧ですよ。チャッチャッチャ、じゃなくて、キチンと書かれている。これ、0・5くらいのシャーペンじゃないですかね。濃さは2Bとかかな…。HBじゃなくてね。あ、でもNHK-FMの特番で質問させて頂いた時、そういうこと質問すれば良かったなぁ(笑)。

──こういう楽譜集が出てたの、もう少し早くお伝え出来ていたら良かったですね。でも番組の時に、小田さんは服部さんのことを、日本では数少ない「きちんとしたスコアが書ける人」と賞賛してました。


服部:
いやー、でもそれはちょっと……。今は若い人達でもすごくいい譜面を書く人がたくさんいますから。おそらく、僕を持ち上げてくださったんだと思います。もちろん言って頂いて、とても嬉しかったですが。

──でも”きちんとした”というのは、どういうことなんでしょうか…。


服部:
それはなかなか一般の人には分からないでしょうね。”きちんとした”は、音楽を学んでる人達の、狭い世界でのみ通用することでもありますので。”きちんとした”ものを書こうよ、というのは、音楽の先生から言われることでもあるので、僕の譜面に対して小田さんが評価してくださったことというのは、音楽をきちんと学ぶという上での価値観に拠るものだと思います。それは小田さんが、作曲家的な考えの方だからでもあるでしょうしね。その狭い世界を出たならば、関係なかったりもする。「だってこっちのほうが好きなんだもん!」と言われたら、それでおしまいだったりもします。小田さんに仰って頂いたことを、もし突き詰めるなら、そういうことなんじゃないでしょうかね。僕はそう言われて凄く嬉しかったですよ。「いい音楽を書くね」って、そう褒めて頂いたんだと受け止めましたし。

──話を戻すわけじゃないんですが、なぜ服部さんは小田さんと一度しか会ったことないんですかね…。不思議ですよね。


服部:
何年かにいっぺんというか、干支が一回りくらいすると、再び小田さんにまつわる企画なりが僕のところに降ってきて、やらせて頂くことになるんです。でも、さらに干支が一回りすると、小田さんは84歳になられてますからね。もうそろそろ、このスパンは嫌なんですけどね(笑)。

インタビュー:小貫倍昭

Kazumasa Oda Tour 2023 「こんどこそ、君と!!」