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「情熱大陸・井上真央が撮る小田和正1・2」放送


──この番組のきっかけからうかがえますか。


井上真央:
今回、私が密着取材をする側で「相手は誰でもいいですよ、違うジャンルでも、子供でも大人でも」と言われた時、最初にぱっと浮かんだのが小田さんでした。でも、いやいや絶対無理だろうなと(笑)。それで他の人を悩みに悩み考えてみたんですが、やっぱりやるからには楽しみたいし、本当に好きな人がいいなあと思って…。ダメだし、頼んでみようと(笑)、それで始まったんです。

──井上さんの小田さんとの関わりは、それまでどんなものだったのですか。


井上:
私が中学3年生の頃、「たぶん好きだと思うよ」と、オフコースの曲をまとめたMDを兄からもらったのが最初でした。当時、オフコースのことを知らなかったけれど、きれいな高音の声が好きだったんです。そしてホントにその声に魅了され、すごく好きになって。それからはオフコースの曲をずっと聴いていました。その後、CMソングやドラマの主題歌で小田さんのソロも聴くようになり、この業界に入ってから「小田さんのライブに行きたいです」とずっとお願いしていたんです。そして18歳の時、初めて武道館のライブに行くことができました。終演後に楽屋に通してもらったんですが、もちろん小田さんは私の存在なんて知らなくて、君は誰?みたいな「何をやっている子なの?」と聞かれて(笑)「一応、女優をやっています」と言ったら、記念写真でも撮ろうかと言ってもらって、「わぁ一っ」となったことを覚えています。
 それからは毎年、ライブや「クリスマスの約束」にお邪魔させてもらっています。そして20歳のとき、主演ドラマの主題歌を書き下ろしていただけることになったんです。

──そのドラマと言うのは、2007年7月~9月に放映されたフジテレビの月9ドラマ「ファースト・キス」。井上さんは、心臓に重い病気を抱えた20歳の少女役で主演し、その主題歌が小田さんの「こころ」でしたね。


井上:
たぶん、私の夢をひとつ叶えてあげようとスタッフが小田さんにお願いして、OKをいただいたんです。どんな曲がイメージかと聞かれたので、生意気にも、大好きな「たしかなこと」と「キラキラ」の、あのキラキラ感を混ぜ合わせたような曲がいいですとお願いしました(笑)。
 実はこの時期、月9の主演というプレッシャーからか、体調を崩したりして、自分の中でとても大変な時期だったんです。けれど、いつも「こころ」の♪こころはほかの誰にも負けないから♪の歌詞を聞きながら、励まされて頑張って撮影していました。ドラマにぴったりの曲だったので、もう本当に婚しかったです。

──撮影は、どのような流れで始まったのですか。


井上:
「情熱大陸」のチームでの話し合いが1回あって、4月7日、都内のスタジオで行われていた小田さんの東北公演のリハーサルスタジオを訪ねたのが撮影初日でした。番組としても前例がないので、自分の中でも、とにかく飛び込んでという感じでド緊張していました。それまでに小田さんとメールのやりとりは何度かあったのですが、今回のお仕事で直接メールをするのはちょっと違うかなと思ってあえてしていなかったんです。でも前日に「すみません、明日お邪魔させてもらいます」ってメールしたら、「親戚の家に行く感覚でおいで」と返信を頂いたので、そうか、じゃ、楽しもうと思えました。でも、いざ現場へ行くと、どこにいて、どのタイミングで話しかけたらいいのか全くわからず、ほんとに挙動不審になっていました(笑)。番組プロデューサーやディレクター、カメラマンなど何人かのチームで伺ったのですが、私が戸惑っていたので、小田さんも気を遣って下さり、「情熱大陸」の取材が入ることをみんなに紹介してくれたり、休憩時間に雑談の時間をつくってくれたり…。そしてリハーサル終わりの最後に放映第一夜のインタビューの収録になりました。そして私が「今回なぜOKしてくれたんですか?」と尋ねたら、小田さんは、「縁を感じているから受けたんだよ」と言ってくださいました。コンサートへ行ったり、ドラマの主題歌をつくって頂いたり、地元の横浜が同じだったり…小田さんはつくづく縁を大切にしてくれる方なんだなと思いました。そしてもうひとつ「どうなるかわからない面白さがあるから」とも言われました。「自分はゴールが見えているものはやりたくないから、だから君もやったことがないということを言い訳にしないように」と釘をさされ…、その言葉にハッとして背筋が伸びる思いがしました。それまでの私は「わからないので」とか「初めてなので」とか、ちょっと前置きをしていたので、これからはそういう言い訳はなしにしようと…。それが最初の取材でした。やっぱり親戚の家に行くような感覚じゃダメだ、って思いました(笑)。

──「ド緊張した」という取材初日。そもそも今回の取材前まで、井上さんの小田さんに対する印象はどんなものだったのでしょうか。


井上:
小田さんは怖いとか無口な人というイメージがあるようですけど、確かに決して言葉自体は優しいひとじゃない(笑)、でも本当にいつも細かに気を遣ってくださいます。私が映画で賞をいただいたときも、わざわざ「おめでとう」メールをいただきましたし。でも会うと、なんだろうなあ、めちゃくちゃ優しいというわけでもなく、ちょっとツンデレな感じというか(笑)。とてもシャイな方だなという印象です。

──そして東北ツアーの取材になりますが、最初に訪ねたのは小田さんの第2の故郷、仙台でした。小田さんと同様に公演1日前に仙台入りして、あの「ご当地紀行」にも同行されました。さらに、舞台裏のステージに上がる直前、直後もずっと密着されていましたが、そんな現場取材はいかがでしたか?


井上:
その「ご当地紀行」が、全会場、すべて違う内容だとは知らなかったので、それを知ったとき、すごい!と思いましたし、その現場を撮りたいと思ったんです。けれど、その収録はいつも小田さんとスタッフの船越さんの2人だけで撮影しているし、そこに情熱チームがぞろぞろついていくのは迷惑だし、なんか邪魔そうだなあと感じて……。自分の居場所も無さそうだし、集中したいだろう時に、申し訳ないなという思いがずっとありました。本番の直前直後も、ひたすら金魚の糞みたいについていって(笑)。もちろん小田さんのいろんな様子が見られて、いろいろ感じたことはあったんですが、この現場は、ひとりで行ったほうが小田さんも心を開いてくれるんじゃないかと思ったんです。私自身、スタッフが近くにいるとついつい頼ってしまうので、小田さんのように、基本、自分でできることは全部自分でやる。その方が、姿勢を含め小田さんに伝わるような気がして、その時の仙台公演中に「今後は一人で行きたい」という思いをスタッフに話しました。そして公演の終了後、楽屋へお邪魔したら「それで、君の考えはまとまったの?撮りたいものは決まった?」と小田さんに問われて「いえ、まだ始まったばかりなんで」と言うと「あ、まだ撮るんだ」って言われたりして(笑)。これからまだまだやるのを本当に知らないのか、それとも、あえてそう言ったのか、そんな思いを巡らせながら、そのひと言でこれはやっぱり自分の身ひとつで行くしかないと覚悟を決めました。ほんとに、ちょこちょこ背筋がピッと伸びるようなことを言われました(笑)。

──その後のひとり取材に行ったときの小田さんの反応はいかがでした?


井上:
私が一人で来たことを知った時、この子大丈夫か?と思われたのか、「君ひとりで来て、周りは何も言わなかったの?」って聞いてくださって、それは小田さんの優しさだなぁと思ったんですが、頼りない私をフォローして下さるかのように、いろいろお話していただけたのは本当に暮しかったです。

──一人で取材で大変だったことなどありませんでした?


井上:
公演前にお話をうかがう時間を頂いたんですけど、普段は、みなさん小田さんの楽屋には行かないらしいんですね。でも、せっかくもらった時間を無駄にしちゃいけないと思ったので、多少、煙たがられても、行かないで後悔するより、行って後悔したほうがいいなって思って…。そこで「図々しく誠実に」をテーマに掲げ(笑)、ぐいぐいと「楽屋に入ってもいいですか!」と。30分で終わらせますからと言いながらオーバーしたりして。でも小田さんは、私の質問ひとつひとつに対して、とても丁寧に答えてくださいました。

──具体的にどんな質問をされたのですか?


井上:
純粋に自分が聞いてみたいことを質問しました。小田さんは今年65歳で私は25歳、ちょうど40歳離れているんですが、「小田さんは25歳のとき、何をしていたんですか?」とか。「いつプロでやって行こうと思ったんですか?」とか。「小田さんが誰かのために何かをやろうと思ったのは昔からなんですか?」とか…。その中で小田さんが「プロとしてやっていくと思ったのはソロになってから」と答えられたのはとっても印象的でした。取材現場では小田さんのスタッフの方が、いろいろフォローしてくださるんですが、やっぱり小田さんは相手を緊張させるオーラをもっているひとだと思いましたね。なんだかすごく見透かされてる感じがするんです。だからこそ周りも妥協できない。でも、なんでしょうね…その人が一生懸命考えて導き出した答えだったらなんかわかってくださる気がして…そこが大事なんだろうと思いました。だから無理に背伸びをせずに、私が悩みながらも一生懸命考えたことなら、くだらない質問であろうときっと小田さんは答えてくれるんじゃないかって…。だから余計に今まで聞かれたことがないような質問をぶつけたいという願望もでてきちゃいました。

──具体的にはどんな内容の質問をされたのですか?


井上:
恋愛話をふると、小田さん、ちょっと照れるんです、そらすというか(笑)。だから「小田さんの恋はどんなものでしたか?」とか、港の見える丘公園で取材したときも、「何人くらいの女性と来たんですか?」とか…。「何に言ってるんだよ」って言われましたけど(笑)。でも、ほんとにこんなにも相手のことを考え続けたことはないですね。テレビを見ていても、あー、また小田さんのこと考えていたなあとか、町を歩いていても、こういう質問をしたいな、とか……。一日中、小田さんのことを考えていたら、夢にまで出てきちゃって(笑)。そんな経験はしたことがなかったので、想像以上に大変でした。でも、小田さん自身がすごく一生懸命で、ストイックで、妥協しない方なので、私も自分ができることに限界をつくらないこと、それを常に頭において臨めたような気がします。小田さんの周りのスタッフの方々も、小田さんの姿勢が反映されていて、みなさん本当によく動いていらっしゃるんですよね。公演中も一人何役もやられているのには凄く驚きました。

──最後は横浜の赤レンガでのライブでしたね。そしてそのしばらく後に、井上さんの希望で、ふたりの地である横浜に行かれました。先ほどの港の見える丘公園を歩いたり、山手付近を散歩したり、いかがでしたか?


井上:
私が初めて聴いた小田さんの曲が「秋の気配」だったんです。兄にもらったオフコースのMDの一曲目に入っていました。♪港が見下ろせるこだかい公園♪って詩を聞いて、ああ、横浜のことだぁって親近感が湧いたんですよね。その、港の見える丘公園に小田さんと一緒に行くことができるなんて嬉しかったですね。小田さんには「ベタだなあ」って言われましたけど(笑)。横浜では小田さんの青春時代の話や部活ではここを走っていたんだよといろいろ案内してもらいました。でも、だんだん終わりが近づいてきて、もうお話を聞けないんだと思うと、もう寂しくて寂しくて…。「寂しい一ーっ」って言ったら笑われましたが、最後は本当に本当にありがとうございましたとお礼を伝えました。

──井上さんが好きな小田曲ベスト3なんて聞いてもいいですか?


井上:
え~、悩みますね。迷うなあ、「眠れぬ夜」と……「たしかなこと」、あと「東京の空」も好きです、「The flag」も好き…・どんどんでてきちゃう(笑)

──最後の質問になります。取材を終えて、あらためて小田さんはどんな存在でしたか?


井上:
私にとって小田さんは…いろんな意味で、背筋を伸ばさせてくれる人でした。音楽や歌声が好きな上に、これだけ年齢が離れていても、ジャンルが違っていても、その姿勢に刺激を受ける存在だから。絶対、現状に満足したり、過去の栄光に頼ることはない方でしたし。常に目の前にあるものに向き合って、自分の限界を超えようとする。
 私は、どこか守りに入る部分があったけれど、仕事に対する向き合い方を学びました。そして今回だけではなく、自分が何か新しいことに挑戦するときには、初めてだからという言い訳はなしにしょうと決めました。一生懸命やって悩んだりすればするほど、自分にとって忘れられない時間になり、自分の糧になることを実感できました。小田さんは才能あふれる方ですが、才能に甘えず努力をする方。才能と努力と縁。才能はともかく、努力は私にもできるし、縁を大事にすることもできる、と思いました。仙台へ行ったこと、東北大へ行ったこと、あのときあんなに悩んでいたこと、あのとき、あんな質問しちゃったこと…でも、あの一言は嬉しかったなぁ、など、すべて鮮明に覚えているし絶対に忘れません。苦労した分、悩んだ分、思い出に残る時間が過ごせました。小田さんがそうさせてくれたんですよね。ああ、でも…完成した番組を見て、この程度かあなんて言われたらどうしよう…。面白くなかった=小田さんの評価を下げてしまったらどうしよう…。小田さんのファンの方々に「見て良かった」と思っていただけるといいんですけど…。




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井上真央:
小田さん、晴れました。最後さみしいですね。

小田和正:
終わっていくんだよ

井上:
あ~もう緊張しますね、でも楽しみ

小田:
君が緊張してどうするんだ。…楽しくやんなきゃな

井上:
でも横浜ですからね。地元でだと盛り上がりますよね

小田:
地元だとか横浜ってとこに甘えてるとね

井上:
ダメですか?

小田:
そこに落とし穴が待ってんだよ

KAZUMASA ODA TOUR 2014 ”本日 小田日和”